とりあえず1つの空間に1つの香りを取り入れてみるという方向に決めたので、ホスピタルアートと香りを組み合わせについて考えてみようかと。
まずどこに取り入れるかですが、病院の業務に差支えがない場所が前提となってきます。病院の器具に装飾したものは論外ですし、診察室からある程度離れた場所であることも重要となってきます。ロビーや廊下の壁、あるいはホスピタルギャラリーとして展示場所を確保しているところになると思います。
ただ問題点として香りが苦手という人もいるということでしょうか。
音は余程うるさくなければ嫌いな音楽が流れていても走って逃げるまでには至らない気がしますが、私の知り合いに化粧品の香りが苦手で、化粧をしている人のそばにいるのがつらいと言っていた方がいます。以来香りは他のものより敏感になりやすいのかもなぁと。
現在主流のホスピタルアートの場合、作品を見に来るより、病院に用事があってそのついでとして見ることが圧倒的なので、よりいっそう配慮が必要だと感じます。最初から香りのする作品と思って見に来るのと、急に香るのとでは印象が大分変わってくると思いますし。
・・・香るスペースを明確にしておくことを考えると、ホスピタルギャラリーのようにアートスペースが別枠としてとられている場所を利用するのが現実的なのかなと思います。
ただ徳大病院はアートスペースといっても誰もが通る廊下をギャラリー利用している状態なのでちょっと難しいですかね。でもそもそも香りを避けることを考えている時点でみんなが一緒に楽しめるわけではないような。
病院で香りを取り入れる場合に限っては、個別に対応していく方が良いのかもしれない。
もし個人的に連絡する気力がでたら兵庫県の製鉄記念広畑病院に一度行ってみたいなーと。
ここサイト内に、ギャラリー使いたい地元の方は連絡下さいって書いてあって、地域交流としてホスピタルギャラリーがちゃんと確立されてるのがすごいと思う。
2011年8月9日火曜日
2011年7月19日火曜日
香りの可能性について
前回の続きです。芸術体験を共有する手段として香りを利用する場合、どういった活用ができそうかについて考えてみます。
基本的にはアート作品をイメージさせる香りを発生させてそれを楽しむという形態で、作品自体に香りをつけるか、空間そのものに香りをつけるかを選択することになると思います。
ここでヒトの嗅覚の仕組みをちょっと確認しておきます。
ヒトがにおいを感じるのは、においに対する受容体ににおいの成分となる分子が刺激を与えるからです。受容体は鼻腔内の嗅粘膜に嗅細胞というのがあるのですが、その先端に10〜30本ある繊毛(医学的には線毛とするらしい。私も線毛で習った気がする)に存在します。
つまりヒトの目には見えないけどごくごく小さい物質がにおいの元で、香りをこちらでコントロールしようとする場合、この物質をどこかから持ってくるなり作るなりしないといけないということになります。
ただこの物質は必ずしも現物のにおいとは限りません。例えば、バラの香りの商品が発売されているとき、バラそのものが入っているのではなく、Geraniolというバラに似た芳香を持っているモノテルペノイドを使用するといった具合です。
アートへの利用を考えた場合、もし作品を表す香りを持った物(花や食べ物など?)があっても、直接現物を持ちこめなかったり、香りが次第に変化してしまうようなものよりは、「〜っぽい香り」の物質を作って用いるのが良いのかなと。
ただ展示の問題として、1つの空間に同じ芸術家の作品があるのか、多数の芸術家の作品があるのかによっても変わってきます。作品ごとに違う香りをつける場合、隣り合う作品との兼ね合いが大事で、香りの強さ、ある程度の間隔をあけることが必要になってきます。
音の場合も同じですが、目に見えないものをプラスする場合、いかに競合させずに協和させるか重要になってくるかと思います。
嗅覚は他の感覚に比べて比較的長い時間私たちの記憶の中で記憶を維持できるらしいとのことですが、例えば昔懐かしい香りといってもひとつひとつ鮮明に覚えているわけでありませんし、作品っぽい香りをひとつひとつ作っていくよりは、全体の作品を通してイメージされる香りを展示室という空間で体験した方が、「ひとつの香り」が「誰とどこへ何を見に行った」という記憶として鮮明に残るのではないかと考えます。
アートからは離れますけど、家の香りというのも利用できそうな気がします。普段は気に留めていなくても、病院や老人ホームなどでの生活を余儀なくされた場合、部屋が家の香りになるだけで落ち着いて生活できる、ということもあるのかなぁ・・・と思ったり。
参考:
ビジュアル生理学(2011/07/19)
http://bunseiri.michikusa.jp/
日系ビジネス 「香り」「匂い」をカタチにするとどうなる?(2011/07/18)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100827/215998/
日本化学物質辞書web weblio学問 geraniolの項目(2011/07/19)
http://www.weblio.jp/content/geraniol
Wikipedia 繊毛、線毛の項目(2011/07/19)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%8A%E6%AF%9B
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%9A%E6%AF%9B
基本的にはアート作品をイメージさせる香りを発生させてそれを楽しむという形態で、作品自体に香りをつけるか、空間そのものに香りをつけるかを選択することになると思います。
ここでヒトの嗅覚の仕組みをちょっと確認しておきます。
ヒトがにおいを感じるのは、においに対する受容体ににおいの成分となる分子が刺激を与えるからです。受容体は鼻腔内の嗅粘膜に嗅細胞というのがあるのですが、その先端に10〜30本ある繊毛(医学的には線毛とするらしい。私も線毛で習った気がする)に存在します。
つまりヒトの目には見えないけどごくごく小さい物質がにおいの元で、香りをこちらでコントロールしようとする場合、この物質をどこかから持ってくるなり作るなりしないといけないということになります。
ただこの物質は必ずしも現物のにおいとは限りません。例えば、バラの香りの商品が発売されているとき、バラそのものが入っているのではなく、Geraniolというバラに似た芳香を持っているモノテルペノイドを使用するといった具合です。
アートへの利用を考えた場合、もし作品を表す香りを持った物(花や食べ物など?)があっても、直接現物を持ちこめなかったり、香りが次第に変化してしまうようなものよりは、「〜っぽい香り」の物質を作って用いるのが良いのかなと。
ただ展示の問題として、1つの空間に同じ芸術家の作品があるのか、多数の芸術家の作品があるのかによっても変わってきます。作品ごとに違う香りをつける場合、隣り合う作品との兼ね合いが大事で、香りの強さ、ある程度の間隔をあけることが必要になってきます。
音の場合も同じですが、目に見えないものをプラスする場合、いかに競合させずに協和させるか重要になってくるかと思います。
嗅覚は他の感覚に比べて比較的長い時間私たちの記憶の中で記憶を維持できるらしいとのことですが、例えば昔懐かしい香りといってもひとつひとつ鮮明に覚えているわけでありませんし、作品っぽい香りをひとつひとつ作っていくよりは、全体の作品を通してイメージされる香りを展示室という空間で体験した方が、「ひとつの香り」が「誰とどこへ何を見に行った」という記憶として鮮明に残るのではないかと考えます。
アートからは離れますけど、家の香りというのも利用できそうな気がします。普段は気に留めていなくても、病院や老人ホームなどでの生活を余儀なくされた場合、部屋が家の香りになるだけで落ち着いて生活できる、ということもあるのかなぁ・・・と思ったり。
参考:
ビジュアル生理学(2011/07/19)
http://bunseiri.michikusa.jp/
日系ビジネス 「香り」「匂い」をカタチにするとどうなる?(2011/07/18)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20100827/215998/
日本化学物質辞書web weblio学問 geraniolの項目(2011/07/19)
http://www.weblio.jp/content/geraniol
Wikipedia 繊毛、線毛の項目(2011/07/19)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%8A%E6%AF%9B
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B7%9A%E6%AF%9B
2011年7月18日月曜日
においと生活と
においにユニバーサルデザインってあるのだろうか・・・?
自分のグループがユニバーサルデザインという方向性に向かい始めたとき、色や音があるなら、嗅覚関係もあるのではないかなと思ったのが、このブログで取り上げてみようと思ったきっかけなのですが。
ちょっと調べてみると、においを共有しようという試みが色々と行われていることが分かりました。
特に気になったのは以下の「香りとユニバーサルデザイン」のコラム。
http://www.uchida.co.jp/company/universal/column2-5.html
内田洋行というオフィス、教育現場、情報関連の事業を行っている企業のユニバーサルデザインに関するページから見つけてきました。
先天的に聴覚障害だった女の子が、絵本やマンガで読んだ擬態語が実際にある音だと思っていたという話がすごく心に残りまして。
星ってぴかぴか、きらきらと表現されることがわりと多いと思うんですが、それは単なる表現であって実際そういった音は聴こえないというのは、音が聴こえているからこそ分かることなのだなと。
音がないだけで情報がいかに限定的になってしまうか、という現実を改めて意識しました。
確かににおいって結構重要な気がします。
においによってこれは危ないって感知していることもありますし。
例えば火山ガスに含まれる硫黄成分等が多いほど動植物の致死率が上がりますが、ものすごい腐乱臭になるので、逆に気づくのも早くなります。日常生活でもガス漏れに気づくきっかけはガスのにおいによるものです。
最近は消臭ブームなのかなんなのか、においというものに対して過剰になっているところがある気がしますが、ヒトにとって不快なにおいを感じられるというのは、ある意味、危機を察知するスキルの向上にもつながっていると思うんですけどね。
また自分の体験だと、においを一番意識するのは風邪のときでしょうか。
鼻がつまってにおいがなくなると食べ物の味が分からなくなります。
甘いとか辛いとか酸っぱいだとかはっきりした味は分かるんですが、旨味がないというか単一的にしか感じられないのですね。
そういうとき「おいしい」って思うのは見た目と味だけではなくて、においも関係しているのだろうなぁ・・・と。
嗅覚を感じられるなら、誰にでも同じにおいが入ってきます。それは障害があってもなくても国が違っても世界共通と言えます。ただそのにおいに対する感じ方は人によって違うので、そこから得られる情報は異なりますが。
あと、ふと思ったのが「におい」と「香り」って言葉のニュアンスについて。
良いにおいには「臭い」は使わないけど、「匂い」ならどちらでも使っていたり、逆に不快なにおいには「香り」は使わなかったりとか。
そんなわけでここまで「におい」という言葉を使ってきたのですが、実際に芸術への適応を考えるとしたら「におい」のように良し悪しどちらも考えられる言葉よりは「香り」を使った方が無難のような気がしますね・・・。
そんなわけで同じ芸術を体験を共有する手段として「香り」を利用する場合、実際どういった活用ができそうか私なりに考えたことをまとめておきたいと思います。次回。
自分のグループがユニバーサルデザインという方向性に向かい始めたとき、色や音があるなら、嗅覚関係もあるのではないかなと思ったのが、このブログで取り上げてみようと思ったきっかけなのですが。
ちょっと調べてみると、においを共有しようという試みが色々と行われていることが分かりました。
特に気になったのは以下の「香りとユニバーサルデザイン」のコラム。
http://www.uchida.co.jp/company/universal/column2-5.html
内田洋行というオフィス、教育現場、情報関連の事業を行っている企業のユニバーサルデザインに関するページから見つけてきました。
先天的に聴覚障害だった女の子が、絵本やマンガで読んだ擬態語が実際にある音だと思っていたという話がすごく心に残りまして。
星ってぴかぴか、きらきらと表現されることがわりと多いと思うんですが、それは単なる表現であって実際そういった音は聴こえないというのは、音が聴こえているからこそ分かることなのだなと。
音がないだけで情報がいかに限定的になってしまうか、という現実を改めて意識しました。
確かににおいって結構重要な気がします。
においによってこれは危ないって感知していることもありますし。
例えば火山ガスに含まれる硫黄成分等が多いほど動植物の致死率が上がりますが、ものすごい腐乱臭になるので、逆に気づくのも早くなります。日常生活でもガス漏れに気づくきっかけはガスのにおいによるものです。
最近は消臭ブームなのかなんなのか、においというものに対して過剰になっているところがある気がしますが、ヒトにとって不快なにおいを感じられるというのは、ある意味、危機を察知するスキルの向上にもつながっていると思うんですけどね。
また自分の体験だと、においを一番意識するのは風邪のときでしょうか。
鼻がつまってにおいがなくなると食べ物の味が分からなくなります。
甘いとか辛いとか酸っぱいだとかはっきりした味は分かるんですが、旨味がないというか単一的にしか感じられないのですね。
そういうとき「おいしい」って思うのは見た目と味だけではなくて、においも関係しているのだろうなぁ・・・と。
嗅覚を感じられるなら、誰にでも同じにおいが入ってきます。それは障害があってもなくても国が違っても世界共通と言えます。ただそのにおいに対する感じ方は人によって違うので、そこから得られる情報は異なりますが。
あと、ふと思ったのが「におい」と「香り」って言葉のニュアンスについて。
良いにおいには「臭い」は使わないけど、「匂い」ならどちらでも使っていたり、逆に不快なにおいには「香り」は使わなかったりとか。
そんなわけでここまで「におい」という言葉を使ってきたのですが、実際に芸術への適応を考えるとしたら「におい」のように良し悪しどちらも考えられる言葉よりは「香り」を使った方が無難のような気がしますね・・・。
そんなわけで同じ芸術を体験を共有する手段として「香り」を利用する場合、実際どういった活用ができそうか私なりに考えたことをまとめておきたいと思います。次回。
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